教育

2016年12月 4日 (日)

読みました(洋書/ノンフィクション) ~ Teacher Man

Frank McCourtの「Angela's Ashes」「'Tis」が面白かったので、続けて3作目の「Teacher Man」も読んでみました。McCourt氏が70代の時に出版された本です。

本作は、著者の英語教師としての経験を主に綴ったものになります。著者はNew Yorkで、5つの高校(専門高校、エリート校等)と1つのコミュニティ・カレッジで英語や作文を教えてきたのですが、どの場所でも、生徒達の興味を起こさせようと、試行錯誤しながら型にとらわれない授業をしていきます。

例えば…専門高校では、やる気のない生徒達を相手に、親から提出されることになっている遅刻・欠席の理由書(実は、親が書いてくれないので、生徒自身が想像力豊かに代筆している…)を題材に授業をしています。自分が親になったつもりになって、想像力豊かに遅刻・欠席の理由書を書いてみたり、さらに推し進めて、アダムとイブの神様に対する弁解書を書いてみたり、なかなか面白そうです。

例えば…エリート校では、詩の代わりに、料理本を題材に授業をしています。気に入った料理の材料や作り方を朗読してみたり、フルートやオーボエやギター等による伴奏をつけて朗読してみたり、こちらもなかなか面白そうです。

「Playing = Learning」という、よく言われていることだけど、なかなか実践できないことを、著者は試行錯誤しながら直感的に実践してきたのだなぁ…と思いました。

また、著者が素のままで生徒達と向き合っている、自分の経験、気持ちを生徒達に率直に伝えているのも印象的でした。知らないことは知らないと正直に言うし、自分も生徒達から学ぼうとしているし、あまり偉ぶっていないし…生徒達も、そのような著者だからこそ、生身の人間として共感できたのではないかと思いました。McCourt氏のような先生ばかりだったら、それはそれで収拾がつかなくなって大変そうだけど、こういう型にはまらない先生がもっといたらいいのになぁ…と思いました。

長い教員人生の中では、うまくいかないこと、生徒達と意思疎通できないことも一杯あったようですが、生徒達と共に深く学ぶことのできた、心を通わすことの出来た瞬間も一杯あったようで、著者はその思い出をとても大切にしているように感じました。

McCourt氏は、教師なんかやっていられないと思っている時もあるし、自分の人生について常に迷い、あがいているし、博士号の取得には失敗するし、結婚生活もうまくいかないし、皮肉屋だし、不器用だし、充実した人生なんて言葉からは程遠いように思うのですが、そうだからこそ、この自伝がとても魅力的になっているし、深く共感できるのだと思いました。

前2作と同じく、私にとっては単語も文体も難しかったのですが、一つ一つの生徒達とのエピソードが個性的、印象的で、最後まで飽きることなく読むことができました。前2作を面白く読んだので、もうそろそろ飽きてくるかなぁ…と思っていたのですが、そのようなことは全くありませんでした。相変わらず、子供には読ませられないような表現が多々出てきますが…

「なかなか、スマートに、要領よくは生きられないけど、それでも頑張って日々を過ごしていこう。」そう思わせてくる本でした。

最後に、覚えておきたいと思った文章をいくつか…

You don't have to respond to every stimulus.

I don't think anyone achieves complete freedom, but what I am trying to do with you is drive fear into a cornor. (F→F / from FEAR to FREEDOM)

...it is the business of the young to push the old off the planet.

2015年6月 7日 (日)

読みました(洋書/ノンフィクション) ~ The Freedom Writers Diary

この本も、3月の紀伊國屋 梅田本店「洋書大バーゲン」で見つけて購入したものです。15年以上前に書かれた本ですが、前々から「読んでみたいなぁ…」と思っていたので、見つけられて良かったです!

本書では、Woodrow Wilson High School(カリフォルニア州)の新任教師であるGruwell先生の授業を通して、厳しい環境におかれた(或いはレッテルを貼られた)生徒達が、一歩ずつ成長していく(変わっていく)姿が描かれています。

Gruwell先生とその生徒達の日記のみで構成されており、特に生徒達の日記には、各自の抱える厳しい現実、問題、葛藤、そしてGruwell先生の授業から学んだこと等が、率直に綴られています。一つ一つの日記は短いのですが、綴られている現実が、人種差別、貧困、ホームレス生活、虐待、麻薬、銃、暴力、抗争、友人の死など、あまりに厳しく辛い内容なので、続けて読み進めるのがしんどいくらいでした。

生徒達は、Gruwell先生の粘り強い手引きの下、「アンネの日記(The Diary of a Young Girl)」を読んだり、ホロコーストで生き残った人達から直接話を聞いたり、ユーゴスラビア紛争について書かれた「ズラータの日記(Zlata's Diary)」を読んだり、その著者に会ったりしながら、自分の思いを日記に綴り、各自の厳しい現実に向き合います。そして、人種差別、貧困、暴力等の連鎖を断ち切ろうと決意し、実際に行動を起こしていきます。その過程で、Gruwell先生のクラスは、多くの生徒達にとっての、かけがえのない拠り所(家族)になっていきます。

今回も、以前読んだ「Just Mercy」と同様に、アメリカにおいて人種等に対する偏見や差別が根深く残っていることを改めて認識させられました。そして、その偏見や差別を乗り越えようと積極的に行動するGruwell先生と生徒達の行動力(勇気)には、感嘆させられました。また、自ら変わろうとする生徒達からは、これからの人生を頑張る勇気をもらえた気がしました。

難易度としては、一つ一つの日記が短く文章も簡潔なので、比較的読みやすいかと思います。多くの方に読んでいただきたい一冊です!

日本語訳も出ているようですね。

2014年3月29日 (土)

Tools of the Mind という幼児教育プログラムについて(その8)

先日読んだ洋書"Nurture Shock"で取り上げられている、"Tools of the Mind"というアメリカで実践されている教育プログラムについての記事です。

今回は、「遊びながら字を書く」ことについて。

子供たちに、先生の書いた字を真似て字を練習させたり、本屋で買ってきたドリルをやらせたりすると、子供たちが、「先生のように上手く書けないよ…」とか「お手本のように上手く書けないよ…」といった態度を示して、字を書くのを嫌がることが、往々にしてあるかと思います。

しかしながら、

お店屋さんごっこ(ピザ屋さん、アイスクリーム屋さん、おそば屋さん、などなど…)で店員さんの役をしている子供に「メモ用紙」と「ペン」を渡しておきます。店員さんは、注文を覚える為に何かしなくてはならないので、とにかく、自分の出来る範囲でメモをとろうとします。つまり、言われなくても、自ら進んで字を書こうとするのです。(きっと、最初の頃は、とても読める字ではないでしょうが…)

大好きな、おじいちゃん、おばあちゃん、お友達、先生等からお手紙をもらうと、とても返事を書きたくなって、頑張ってお手紙を書こうとします。この場合も、言われなくても、自ら進んで字を書こうとするのです。

他にも、「遊びながら字を書く」ケースは、いろいろあるかと思います(学校ごっこ、などなど)。

このように「遊びながら字を書く」ことは、字を書こうとするモチベーションが非常に高いので、効果的に字を学習・練習することができると思います。「遊びながら字を書く」ことを何度も繰り返しているうちに、だんだんと字が上手くなってきます。

うちの姉妹には、一応、本屋で公文の練習帳を買ってきてやらせてはいるのですが、それよりも、遊びながら字を書いていることのほうが、ずーっと多いです。遊びながら字を書いているうちに、だんだんと字が上手くなっていく(読めるようになってくる)速さには、目を見張るものがあり、時には本当に驚かされます。

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以上で、"Tools of the Mind"というアメリカで実践されている教育プログラムについての記事は終わりです。せっかくまとめたので、これらの実践的知識を、少しでも育児に生かしていければと思います。

2014年3月24日 (月)

Tools of the Mind という幼児教育プログラムについて(その7)

先日読んだ洋書"Nurture Shock"で取り上げられている、"Tools of the Mind"というアメリカで実践されている教育プログラムについての記事です。

今回は、この教育プログラムで行われている、「間違い直しの方法」について書いてみたいと思います。

方法としては、

先生は、間違った箇所をすぐに指摘しない。

先生は、間違いが含まれている「ページ」や「列」を指摘し、子供たちが自分自身で間違っている箇所を見つけるよう仕向ける。

別の方法としては、子供たちに「正解」と「自分の回答」とを比べさせ、やはり、自分自身で間違っている箇所を見つけるよう仕向ける。また、子供たちが二人一組になって、お互いに相手の回答を採点する方法もある。

といった感じです。

このような方法で「間違い直し」をすることにより、子供たちは、自分の「うまくできる所」と「うまくできない所」に自分自身で気付くことができるようになります。また、集中力も身に付きます。

そして、このような能力は、小学生での学習の際にとても重要になるとのことです。

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我が家では、上の娘(小学校低学年)に対してこの方法を用いていますが、幼稚園生にも効果的とのことなので、そのうち下の娘に対しても試してみたいと思います。

つづく(おそらく次回で最後…)

2014年3月23日 (日)

Tools of the Mind という幼児教育プログラムについて(その6)

先日読んだ洋書"Nurture Shock"で取り上げられている、"Tools of the Mind"というアメリカで実践されている教育プログラムについての記事です。

今回は、この教育プログラムで行われている、「字の学習方法」について書いてみたいと思います。

方法はいくつかありまして、

先生が、4つ程度の違った書き方(かたち)で字を書いて、子供たちに一番良い字はどれか選んでもらう。

子供たちが二人一組になって、お互いに、相手が書いた字の中で一番良い字に丸をつける。

子供たちが、自分自身が書いた字の中で一番良い字を選び、丸をつける。

といった感じです。

単純に字の練習を繰り返すだけでなく、このような学習方法を取り入れることにより、子供たちは、次第に、自分の「うまく書ける所」「うまく書けない所」が分かるようになります。その結果、子供たちは、上手に書くためにはどこに注意・集中すれば良いのかも分かるようになる、とのことです。

そして、このような、自分の「うまくできる所」と「うまくできない所」に自分自身で気付くことができる能力は、小学生での学習の際にとても重要になるとのことです。

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この学習方法を我が家でやってみた時は、娘(年少)は、なんとなくですが、「一番良い書き方」は分かるようでした。ただ、その「一番良い書き方」を意識して字を書くのは、ちょっとまだ難しかったようです…

つづく…

2014年3月19日 (水)

Tools of the Mind という幼児教育プログラムについて(その5)

先日読んだ洋書"Nurture Shock"で取り上げられている、"Tools of the Mind"というアメリカで実践されている教育プログラムについての記事です。

今回は、この教育プログラムで行われている、字を覚えながら"Private Speech"も身に付ける方法について書いてみたいと思います。

やり方は、

最初、子供たちに、「書き方」を大声で言いながら、字を練習するように指示する。

※本書で挙げられている例では、大文字の「C」を"Start at the top and go around."と大声で言いながら書いています。

※平仮名であれば、例えば「ろ」だと「よ~こ、ななめした、ぐるりん」といった感じ、「ち」だと「よ~こ、た~て、ぐるりん」といった感じ、「け」だと「た~て、よ~こ、た~て」といった感じでしょうか???

数分書いているうちに、ほとんどの子供たちは、次第に(大声ではなく)ぶつぶつと呟きながら書くようになっている。

もう数分書いているうちに、ほとんどの子供たちは、自然と、(声に出さず)頭の中で言いながら(="Private Speech")書くようになっている。

といった感じです。

このような字の練習をすることで、自ら"Private Speech"ができるようになり、その結果として、頭の中で考えてから行動できるようになる(衝動的な行動をしなくなる)とのことです。自分の行動をコントロールできるようになる、ということでしょうか。

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先日、このような字の練習方法を、娘(年少)と一緒にやろうとしたのですが、字を覚えるのがまだちょっと大変そうで、うまくいきませんでした。また数ヶ月してから、娘のやる気がありそうな時にでもやってみようかなぁ…

つづく…

2014年3月16日 (日)

Tools of the Mind という幼児教育プログラムについて(その4)

先日読んだ洋書"Nurture Shock"で取り上げられている、"Tools of the Mind"というアメリカで実践されている教育プログラムについての記事です。

今回は、この教育プログラムで行われている"Graphic Practice"という「遊び」について書いてみたいと思います。

やり方は、

「ぐるぐる渦巻き」や「なみなみ」や「シャボン玉」などなど…これから描く形を決める。

先生が音楽を流している間、子供たちは①で決めた形を描く。

時々、先生が音楽を止めるので、そうしたら描くのも止める(ペンを止める)。

また音楽が始まったら、再び描き始める。

といった感じでしょうか。

この遊びを通じて、自然と「集中力」「注意力」「自己抑制力?」が養われるようです。

また、「直線」や「曲線」がだんだん上手に描けるようになり、自然に字を書く準備ができます。

この遊びは、小さい子供(年少さんぐらい)から楽しくできるのでは、と思いました。

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わが家でやった時は、娘(年少)は「ぐるぐる渦巻き」を描いたのですが、とっても楽しそうにやっていました。

ちなみに音楽は、CD等ではなくて、私が練習も兼ねて、コンサーティーナという楽器を弾きながらやってみました。CD等を使うよりも面白いと思うので、楽器を弾かれる方は、ぜひやってみて下さい!

つづく…

2014年3月14日 (金)

Tools of the Mind という幼児教育プログラムについて(その3)

先日読んだ洋書"Nurture Shock"で取り上げられている、"Tools of the Mind"というアメリカで実践されている教育プログラムについての記事です。

今回は、この教育プログラムで行われている"Buddy Reading"という読書の仕方について書いてみたいと思います。

やり方としては、

二人一組になって向かい合って座り、一人が大きな「唇の絵」を持ち、もう一人が大きな「耳の絵」を持つ。

「唇の絵」を持った子が、絵本の絵を見ながら(字を読める子は字も…)お話をし、「耳の絵」を持った子はそのお話をよ~く聞く。

「唇の絵」を持った子が読み終わったら、「耳の絵」を持った子が、そのお話について質問をし、それに「唇の絵」を持った子が答える。

質問としては、「季節はいつでしょうか?」「主人公はどんな気持ちだったでしょうか?」「主人公はどうして困ったのでしょうか?」「どんな動物が出てきたでしょうか?」「この本のどういうところ(場面)が好きですか?」などなど、きっと無数にあるでしょう…

役割を交替して、もう一回行う。

といった感じでしょうか。

最近では日本の小学校でもよく行われているようですが(例はこちら)、"Tools of the Mind"は幼児教育プログラムなので、幼稚園の頃から実施します。

お話について質問をするためには、「唇の絵」を持った子のお話をよ~く聞かなければならないので、"Buddy Reading"をとおして、子供たちは、自然に「集中力」「注意力」を養うことができます。

本好きになるかもしれませんね…

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わが家でやってみた時は、娘(年少)にとっては、お話をするのはそうでもないのですが、質問をするのがちょっと難しそうでした。それでも、普通に絵本を読み聞かせるよりも、なんか楽しそうでしたよ!

次回も、別の遊び・学びの手法を取り上げたいと思います。

2014年3月13日 (木)

Tools of the Mind という幼児教育プログラムについて(その2)

先日読んだ洋書"Nurture Shock"で取り上げられている、"Tools of the Mind"というアメリカで実践されている教育プログラムについての記事です。

今回は、この教育プログラムで行われている「遊び」の一つ"Simon Says"について書いてみたいと思います。

ゲームの内容は、

指示者が、①"Simon says"という言葉を前につけて指示を出した場合には、その指示に従わなければならないが、②"Simon says"という言葉を前につけないで指示を出した場合には、その指示に従ってはならない。

というものです。例えば、

先生が、①"Simon says, sit down."と言った場合には、子供たちは座らなければ負けになるが、②ただ"Sit down."とだけ言った場合には、座ってしまったら負けになる。

といった感じです。

日本語にすると、「サイモン(シモン)が言いました」というような感じになりますが、「サイモン」は何でもいいかと思います。ネット上では、「宇宙人が言いました」というバージョンがありました。

親しみやすいように、「お父さん(お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、お姉ちゃん、…)が言いました」とかでもいいでしょう。子供たち自身に決めてもらうのも、なかなか良いかと思います!

この"Simon Says"という「遊び」を通じて、子供たちは、楽しみながら自然と「集中力」「注意力」を身に付けていく、とのことです。

先日、わが家でやってみた時には、娘(年少)にとっては少々難しかったようで、ルールを理解するまでに少し時間がかかりました。1回目は良く分からない様子でしたが、2回目で凡そ理解できたようでした。 

わが家では、「○○が言いました」の○○を娘に決めてもらったのですが、リクエストは「お母さんが言いました」でした。「お父さん」ではなかったです…

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少し変わったバージョンとして、私が小学校低学年の頃に(30年以上前?)、学校で、「サイモンがいいました」の代わりに「命令です」という言葉を使って、同じようなゲームをやった記憶があります。きっと面白かったのだろうと思いますが、今の時代には、ちょっと強権的な感じがしますね…

次回も、また、別の遊び・学びの手法を取り上げてみたいと思います。

2014年3月11日 (火)

Tools of the Mind という幼児教育プログラムについて(その1)

先日読んだ洋書"Nurture Shock"で取り上げられていた、"Tools of the Mind"というアメリカで実践されている教育プログラムについて、自分の頭の整理のため、何回かに亘って書いてみたいと思います。基本的には、"Nurture Shock"に記載の内容を、自分なりに噛み砕いて書いたものになります。

まずは、この教育プログラムで一番大事な「ごっこ遊び」について。例として「消防署ごっこ」が挙がっていたので、「消防署ごっこ」のやり方についてまとめてみました。

事前に、消防署、消防士等について、いろいろなこと(消防署にいる人・ある物、消防士の仕事内容・服装、消防車の種類・役割、…)を学んでおく。

「消防士」「消防車の運転手」「119番の受付係(オペレーター)」「救助される家族」の中から、自分で、やりたい役を選ぶ。先生が決めない。

先生に手伝ってもらって、自分で、自分だけの「消防署ごっこ」の計画を立てる。自分が「消防署ごっこ」をしている絵を想像して描き、それを文章にしてみる(それぞれが出来る範囲で)。

「消防署」「消防車」「オペレーター・ルーム」「火事の家」などのセットを机・椅子などで作る。

自分の立てた計画に沿って、みっちりと「消防署ごっこ」をやる。(45分)

「消防署ごっこ」に飽きて、途中で騒ぎ始めたりする子供に対して、先生は「○○ちゃん(くん)の立てた計画には、××することは入っていたかな?」と気付かせ、自分で立てた計画どおりに「ごっこ遊び」ができるよう促す。

「消防署ごっこ」の時間の終わりに「片付けの音楽(clean-up song)」を流して、自主的な片づけを促す。曲が終わるまでに片付け終わるよう促す。

後日、役を交替して再度「消防署ごっこ」をする。この場合でも、自分で、やりたい役を選ぶ。先生が決めない。

他の「ごっこ遊び」(お店屋さんごっこ、レストランごっこ、郵便局ごっこ、…)も同様にやれるようです。

「ごっこ遊び」を通じて子供たちは、

物事を象徴的(抽象的)に捉えられるようになる。しかも、複数の物事を象徴的(抽象的)に捉えた上で、それらを頭の中で組み合わせられるようにもなる。

周りに気を取られないで、集中できる力が養われる。

「言われたら」出来るのではなく、「言われなくても」自主的に行動出来るようになる。

とのことです。このような能力は、小学校における学習の場面で、とても大事になります。

また、事前に(「ごっこ遊び」をする前に)学んだ知識も、「ごっこ遊び」をすることにより、より理解が深まるでしょう。

大事なのは、「遊び」を通じて、これらの能力を身に付けていくことです。「遊び」であれば、子供たちのモチベーションが高いので、結果的に、効率的に学ぶことが出来ます。

使い古された言いまわしではありますが、やはり、

「遊び」=「学び」

ということでしょう。特に小さな子供たちにとっては…

ちなみに、うちの姉妹(小学校低学年&幼稚園)は、土日の度に、二人で、ままごとセット、ぬいぐるみ、人形、その他そこら辺にあるもの(紐、ハンカチ、髪留め、…)を使って、かなり長時間(数時間?)「ごっこ遊び」をしています。セッティングとしては、学校、病院、家庭、闘い、お店、…飽きずにやっています。

"Tools of the Mind"では、「ごっこ遊び」の計画を自分で作るのが重要なポイントなのですが、かなりみっちりと「ごっこ遊び」をしている姉妹を見ていると、なんとなく、「計画は立てさせなくてもいいかなぁ…」と思って見ています。

…おそらく、姉妹(二人だけ)の「ごっこ遊び」と、クラスでの「ごっこ遊び」とでは、少し意味合いが違うのだと思います。

二人だけであれば、「ごっこ遊び」が計画外(予定外)の方向に進んでいったとしても、逸脱についてお互いが合意することは比較的容易ですし、そこがまた楽しいのだと思います。

しかしながら、クラスでのごっこ遊びは、それぞれが計画外(予定外)の方向に進んでいってしまうと、人数が多いだけに収拾をつけることが難しくなり、結果として「ごっこ遊び」自体が面白くなくなってしまうと思います。

なので、やはりクラスでやる「ごっこ遊び」は、計画を自分で作ることが大事なのだと思います。

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"Nurture Shock"を読んで、「小さい子供にとって「ごっこ遊び」がいかに大切か」再認識したので、これからは、姉妹の「ごっこ遊び」に、もう少し腰を落ち着けて付き合ってみようかと思います。但し、あまり口は出さないように気をつけて…

次回以降は、"Tools of the Mind"で行われている、「ごっこ遊び」以外の遊び・学びの手法について、書いてみたいと思います。

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