THE INEQUALITY MACHINE - How education divides us
Paul Tough氏の本は、これまで"How Children Succeed(2012年)"と"Helping Children Succeed(2016年)"を読んだのですが、どちらも興味深かったので、本作(2019年)も手に取ってみました。私が入手した本では副題が"How education divides us"となっていたのですが、現在は"How college divides us"と、より直接的な表現になっていますね。
今回は、アメリカの大学についての話です。本書の要旨は、概ね次のとおりかと思います。
「貧しい家庭に育った子供たち(特にBlack studentsやLatino students)でも、頑張って勉強して良い大学に進めれば、より豊かな人生を送れるチャンスが広がると考えられてきたが、どうもそう簡単ではないらしい。現実には、貧しい家庭で育った子供が良い大学に入るのは様々な要因で難しくなっているし、頑張って良い大学に入れたとしても、そこで退学せずに卒業までやり抜くのは、こちらも様々な要因で大変である。残念ながら、現状、大学の仕組みが貧しい家庭の子供たちにとってかなり不利になっている、と言わざるを得ない。現状を克服しようと大学による取り組みが行われているが、まだまだ不十分である。」
上記のような内容を、様々なデータや教育研究者、教授、学校職員、家庭教師、学生等に対する取材に基づき、具体的事例を交えながら丁寧に説明していきます。
貧しい家庭の子供が良い大学に入るのが難しくなっている要因としては、
・大学受験の選考に用いられるテスト(SATやACT)のスコアは、家庭教師等でテスト対策をしっかり行える裕福な家庭の子供たちの方が、貧しい家庭の子供たちよりも高い傾向があり、結果として、選考の仕組みが貧しい家庭の子供に不利になっている。
・財政的に厳しい大学が多いが、それらの大学は、学費を免除することになる貧しい家庭の優秀な子供よりも、学費を満額払ってくれる裕福な家庭のそれほど優秀でない子供の方を優先せざるを得ない。
・多額の寄付金で潤っているトップクラスの大学は、貧しい家庭の子供を受け入れる財政的余裕が十分あるにも拘らず、選考でSATのスコアを重視すること等により、他の大学よりも貧しい家庭の子供たちを受け入れていない。
・貧しい家庭の子供にチャンスを与える使命を負っているはずの州立大学でも、1980年頃から州からの補助金が大幅に減った為、授業料が高騰し、授業の質が低下してきている。つまり、貧しい家庭の子供にとって不利な状況になってきている。
・貧しい家庭の子供は、家庭や地元の高校から勉強面、精神面、財政面等で支援を殆ど受けられない。大学進学についてのアドバイスも十分に受けられない。
などが挙げられていたと思います。また、貧しい家庭の子供が、トップクラスの大学を退学せずに卒業するのが大変な理由としては、
・同じような家庭環境で育った学生がキャンパスに少なく、疎外感を感じ、居場所がなくなる。特に、私立の名門(エリート)大学では、裕福な家庭の学生(特にWhite students)が大多数で、話がかみ合わず、彼らの文化、振る舞いにも馴染むことができない。
・地元の高校ではトップクラスだった子供が、地元の高校ではしっかりしたAP(Advanced Placement)の授業を受けられなかった(又はAPの授業を全く受けられなかった)為、大学1年目の微分積分学等の授業についていけなくなり、自信を喪失し、理系の進路を諦めてしまったり、退学してしまったりすることになる。
・大学で疎外感を感じ、勉強面でも苦労している上に、家庭でも財政面を中心に様々な問題が発生しており、家庭から全くサポートを受けられない。
などが挙げられていたと思います。その上で、このような現状を克服しようとする試みについては、
・大学の選考の際に、SATやACTのスコアの提出を任意(提出しなくても良い)とし、高校での成績(GPA)や取り組み等で評価、選考する。
・大学のキャンパス内に貧しい家庭の学生達、マイノリティの学生達が集まれるような場を設け、安心できる居場所を作り、必要に応じて適切にサポートできる体制を整える。
・勉強面で苦労しそうな子供たちを集めて、TA(Teaching Aide)の支援を受けながら、仲間で協力し合って勉強できるような場をつくる。
などが挙げられていたと思います。個人的には、テキサス大学の微分積分学の授業を教授やTAの支援を受けながら乗り越えた、メキシコ出身のIvonneの話に希望を感じました。
そして最後に、次のとおり問題提起をして本書を終えています。
「これまでアメリカは、貧しい家庭の子供たちも含めた、全ての子供たち若者たちが、家族を養っていくのに十分な教育を受けられるような政策を実施してきた。例えば、1910年から1940年頃にかけて行われた高校無償化(high school movement)や第二次世界大戦後に実施された退役軍人が大学教育を無償で受けられる制度(GI Bill)が挙げられる。しかしながら今日のアメリカでは、国や州などによる十分な支援が行われていない。すべての子供たち若者たちに、家族を養っていくのに十分な教育(技術が進展した今日においては「大学教育」)の機会を与えることは、国の経済的繁栄につながることを今一度認識して、政策を考えていくべきであるし、我々も、親、教育者、市民として働きかけていくべきである。」
私がこれまで読んできた教育関連の本では、教育格差を縮める取り組みとして、幼児期から高校までの取り組みに焦点が当たっていることが多かったのですが、本書では大学での取り組みに焦点が当たっていて、非常に興味深かったです。個人的には、できるだけ早い時期(幼児期~小学校低学年)での取り組み(介入)が一番大事だと思っているのですが、大学での取り組みも大切であることを理解することができました。
本書はアメリカの大学についての話ですが、日本でも、アメリカほどではないにせよ、同様のことが起きていると思います。国立大学の授業料は1980年から2000年頃にかけて大分上がりましたし、貧しい家庭の子供よりも裕福な家庭の子供の方が、一般的には良い大学に入りやすい環境が整っていると思います。本書で主張されているとおり、教育格差を無くすことが国の発展につながっていくと思うので、日本でも積極的に取り組んでいってもらいたいと思います。
洋書としては、様々な学生たちのストーリーが適度に織り交ぜられており、文章も分かりやすく、単語もそれほど難しくはなかったので、最後まで飽きずに興味深く読むことができました。教育に興味がある方にはお勧めできる本だと思います。
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